神戸で会って神戸で別れる

先日、神戸であった出来事。私にとって神戸で体験した最も衝撃的な出来事は、主目的だった用事ではなくこんな事。


あれは神戸の3日目。その日はプログラムの関係で午前中に所用、ちょっと時間があいて午後4時から午後6時までまた所用という日程だったので、昼間のあいた時間に三宮の街をぶらりと散策することに。


…ちょうど私の隣のデスクは神戸出身の後輩で、彼にはそういう話も通じるので事前に情報は収集済み。というか、出発前日に「神戸の町って、どの辺にどんな店があるの?」と聞いたら、他に何も言ってないのにさらさらと簡単な地図を書き上げ、そこに示された「アニメイト」「ゲーマーズ」「とらのあな」の文字…。分かっている後輩ですね…。


で、まあそんなこんなでぶらぶら。銀座でぶらぶらが「銀ブラ」なら三宮でぶらぶらは「三ブラ」、まあそんな事はどうでもいいとして、いくつかの店を覗いたのちゲーマーズに辿り着きました。
ゲーマーズ神戸三宮店はビルの地下一階、そして地下二階にはボークスが入っています。ゲーマーズの店内をぐるっと回ったのち地下二階、ボークス神戸店へ。レンタルショーケースを物色してから、スーパードルフィーのコーナー、「天使のすみか」へ。


…実は仙台のボークスゲーマーズの真下に立地している(ゲーマーズはビルの5階、ボークスはそのビルの4階)のでゲーマーズに行くついでにボークスに寄ったりするのですが、私はスーパードルフィーには明るくなく、どちらかといえばその表情や雰囲気が「怖い」と感じてしまう人なのであまりそのコーナーへ足を運ばないのですが…。


そこには数十体のドールたちが展示されていました。そして、そのうちの一体を見た途端、私の目は彼女に釘付けに。
彼女はオレンジのアリスドレスを身につけ、ほんのちょっと上体を左に傾け視線をわずかに左下に落として立っていました。しかしよく見ると、彼女が着ているアリスドレスの袖は彼女の指先を隠すほど長く、スカートも床に届くくらいになっています。その意図しないロングスカートからわずかに見える彼女の足はなぜか裸足。つまるところ、彼女の体にそのアリスドレスは大き過ぎる。否、商品であるそのアリスドレスをまとうに彼女の体は小さ過ぎるのです。
彼女の前に陳列されているアリスドレスセットは「ワンピース、エプロン、リボン、ソックス、パンティー、ストラップシューズ」のセットで 10,290円(税込)。その値段にもびっくりなのですが、彼女が裸足であるのも、きっとそのソックスやシューズに対してに対して彼女の足が合わないからなのでしょう。彼女がリボンをつけていないのも、頭の大きさに対してリボンが大きくなりすぎると判断されたからでしょう。
そんな彼女の脇にはこんなPOPが貼られていました。


「ちょっぴり大きいけど、ミュウにも着れるの…」 


*このアリスドレスの実物はこちら。
ボークスWEBサイト / VOLKS INC
http://www.volks.co.jp/
ドルフィードリームを美しく彩るドレスコレクション【ドルフィードリーム】
http://www.volks.co.jp/jp/dollfiedream/dress/index_dress.aspx
*このページの『アリスドレスセット/オレンジ』のドレスです。


どうやらお店側が、ドレスがフィットするサイズより一回り小さいドールにそのドレスを着せたようです。私は、その不釣合いさが逆にかわいらしいな、と思いつつお店を一回りし、午後の所用を済ませるために街を出ました。


その日の所用も無事終わり、私は宿に帰る前に街で食事を済まそうと再び三宮へと足を運びました。…しかし、私の足はなぜか飲食店ではなく、まっすぐ先ほどのビル、その地下二階、ボークスの、彼女の前へと向かっていました。
あんなにかわいらしいドールを見たことがない。もう一度見たい。そう思いながら、頭の隅で考えていました。『なぜ彼女は一回り大きいドレスを着ていたのだろう。』
直接的には、単なるお店の都合です。「大きいドールに合わせて作ってあるドレスだけど、この大きさのドールにも何とか着せられますよ」という宣伝のため、それだけです。しかしいつしか私の頭の中では、彼女が、『ミュウ』と名づけられた彼女が彼女自身の理由の下にそれを身にまとっている、そう考えられていました。
彼女の前に戻ってきた私。4時間ぶりの再会です。当然ながら彼女は先ほどと同じ格好、同じ姿勢、同じ表情で立っていました。彼女を見つめながら私は考えを巡らせました。


「なぜ彼女は一回り大きいドレスを着ているのだろう」
「なぜ彼女は裸足なのだろう」
「なぜ彼女はほんの少し体を傾け、視線がわずかに左下に向かっているのだろう」

「大きい服、という事は、このドレスは彼女のお母さん、或いはお姉さんの服なのではないだろうか」
「裸足、という事は彼女はまだ着替えの途中で、服だけ先に着てまだ靴を履いていない段階なのではないだろうか」
「そもそも、アリスドレスは何歳ぐらいの女性が着るものなのだろうか」
「母親となる年齢の女性が身につけないものだとしたら、彼女の母親が少女時代に着ていたものをひっぱり出してきたのかもしれない」
「表情をよく見ると、目はほんの少し斜め下を向いているけど、口元には微笑みが認められる。目つきも柔らかい。彼女ははにかんでいるように見える」
「体がわずかに傾いているのは、ポーズをとっているのかもしれない」
「この大きな服をまとって、誰かに『似合うかな?』と聞いているのかも」
「この服が姉や母のものなら、彼女らに見せているのかな」
「いや、姉や母が着替えを手伝っているか、あるいは着替える場にいたとしたらわざわざポーズをとらないのではないか」
「表情から見るに嬉しそうだけど、母や姉のアリスドレスを着てはにかむものかしら」

しばらく頭を思い巡らせ、ひとつの考えが浮かんできました。
「このアリスドレスは彼女へのプレゼントなのではないか」
「プレゼントがうれしくて、プレゼントしてくれた人に見せたくて着たのでは」
「早く見せたいと思うあまり靴を履く間もなくその人の前に出てきてポーズをとったと考えられる」
「しかし、プレゼントした人はなぜ丁度いいサイズの服でなく大きい服をプレゼントしたのだろう」
「彼女に近しい人なら丁度いいサイズの服をプレゼントしたはず」
「例えば、たまにしか会わない親戚のおじさんあたりがプレゼントしたとしたら」

色々考えた結果、以下の案に達しました。


「久しぶりに会いに来た彼女のおじさん(何となく、父親の兄あたり)がこのアリスドレスをミュウにプレゼント」
「母親は『すみませんお義兄さん』なんて言いつつ、ミュウは『ありがとう○○おじさん、今すぐ着てみる』と彼女の部屋へ。」
「姉に手伝ってもらいながら着替えるミュウ、早く○○おじさんに見せたい一心で靴も履かずに部屋を出る、後ろで姉が『ちょっとミュウ、靴、靴!』なんて言いながら」
「『どう?似合う?』と軽くポーズをとってはにかむミュウ」
「裸足のミュウに笑いながら『ありゃ、ちょっと大きかったかなあ』とおじさん。母も『そうねえ、もう少し大きくなったら着ましょうね』と」
「『うん。早く着れるようになりたい』と楽しみにしている様子のミュウ」

そんな結論を出した頃、店の中に流れてきたのは「蛍の光」。ええと、この店は8時閉店。この店に来たのが7時20分ごろだったから…。私は一体のドールの前で30分以上も佇んでいたという事か!これには私も自分でびっくり。でも、閉店時間になっても彼女と別れるには後ろ髪がひかれる思いがしました。


『もしこのドールを購入すれば、私の元に置いておければ…』
そんな考えが頭をよぎりました。しかし。
『いや、私はドールを手に取ったこともないし、手入れも当然できない』
『彼女はこのお店にいるからこそこのような素晴らしい姿でいられるのではないか』
『私の元で育ったら、こんなにかわいらしく育ってくれるだろうか』
『いや、彼女はこの母、この姉、この家の元にいるからこその彼女なのだ』

と、私の頭の中ではすでに一体のドールとしての彼女と一人の人としての彼女がごっちゃになりながら、混乱しつつ『どっちにしろ私の元にいていいわけがない』という当たり前の結論に達し、ミュウに別れを告げて店を後にしました。


私の脳裏には、今もあのドールの姿が焼きついています。あのドールはまだそのままでいるのでしょうか。神戸にお住まいのかた、神戸にお出掛けのかた、ボークスで彼女をお見かけの際には宜しくお伝えください。


ちなみに、ボークス仙台店には、あのアリスドレスを着た「丁度よい大きさの」ドールがいてます。私がそのドールを見たとき、何とも言えない気分になりました。「本来似合っていないはずの、『ミュウ』ぐらいの大きさのドールのほうがかえってこのドレスが似合うように感じるのはなぜだろう」。